お話

同じモチーフのお話で違う人が書いたらどうなるかというのをやってみました。ということで
こちらでもお楽しみくださいね。
Mさん http://d.hatena.ne.jp/SandM/20070108
Sさん http://d.hatena.ne.jp/SandM/20070109
Mさん(再び) http://d.hatena.ne.jp/SandM/20070110
Chibinova氏 http://d.hatena.ne.jp/skb_mate02/20070111


『コントロール
大きく揺れるフェリーの甲板らしき場所に私は居た。豪雨が酷く、目の前が真っ白で何も見えない。ずぶ濡れの私は手摺にしがみ付いているのがやっとで、移動することもままならない。寒い。体温が下がってきてるようで意識が朦朧としてくる。それでも何とか扉の前まで辿り着き、ドアノブに手を伸ばした瞬間、ひと際大きな波が甲板を打ちつけた。私の体は宙に浮いて、そのまま風雨で見えることのない海面へと落ちていった。誰かの名を呼ぶ叫び声は轟音にかき消され、ただただ灰白色の世界が時間を止めたように静かに私を捕らえ続けている--------

「おい、聞いてるのか?ナガツキ。」
男の声で目が覚める。ということは眠っていたのだろか。白い世界なんてものはどこにも無く、打ちっぱなしのコンクリートでできた部屋の中に自分が居ることがわかった。ただ手足が冷たいという感覚のみ引き継いでいる。随分と殺風景な部屋である。事務机ひとつとその両端にパイプ椅子がひとつずつ。ひとつに私が腰掛けていて、もうひとつは先ほどの男が座っている。私よりいくらか大柄な西洋人の男で、机に肘をついて訝しげにこちらを見ている。また同時に幾分かの嘲りを男の表情から感じることができた。まったく!この男はいつもそうだ、と憤り湧いてくると同時に、いくつかの疑問が私の頭に押し寄せてきた。この男は一体誰だ?なぜ「いつもそうだ」と私は思ったのだ?この男のことを知っているのか?待て。それよりも、私は誰なんだ?なぜこんな場所に居る?動転しそうになりつつも、なんとか平静を保つことができた私は男に聞き返した。
「ナガツキ、というのは私のことか?」
「胸にそう書いてあるが?」
男は更に私に聞き返した。自分の姿を見てみる。特徴というものを意図的に拒んだような黒のシャツにパンツ。同じ色の靴。左胸の辺りに、“NAGATSUKI”と銀の糸で刺繍してある。同じく男の胸には“KLENZ”と。
「じゃあ君はクレンツなんだな。」
と確かめてみる。
「どうやらそうらしい。」
「そうらしいって。。」
抗議しかけた私の言葉をクレンツ(?)は遮り言った。
「本当の名前なんて分からないし、必要ない。要は識別に必要な記号だろう。胸にそう書いてあるから私はクレンツだし君はナガツキだ。」
私には、少し捨て鉢な風にも見えたし、粘り強く説得しようとしてる風にも見えた。ダークグレイの瞳が私の顔を見ている。
私は納得がいかなかったものの、自分の名前さえ分からない状況なので、便宜上、自身をナガツキ、目の前の男をクレンツとすることにした。名前を付けることによって、クレンツが私の知らない人間である事が認識できる。先程の頭の中で渦巻く困惑の雲が少し透明に近づいたような気分になった。しかしながら、疑問は山のようにある。ここはどこなのか。私のことを知っているのか。等々云々。
ほぼ反射的に私は口を開き、クレンツから答えを引き出そうとした。が、再度クレンツにより言葉が遮られる。
「君は質問しかしない。何も答えない。そして、俺が何もかも知っていると思っている。」
「君も何もしらないんだね?」
「ほら。」
クレンツは肩を竦め鼻で哂ってみせた。私は彼を睨み付ける。何事もないようにクレンツは目を逸らし彼の背中側にあったある物を取り出して言った。
「とりあえず時間だけはあるのだし。ほら。」
私は彼の手にあるものを見てギョッとした。黒い蜥蜴を握っているように見えたのだ。もちろんそれは誤りで、実際は拳銃だった。光沢のないリボルバー。私の目はその異物に釘付けとなった。この部屋が静かなのはこのリボルバーが光だけでなく物音まで飲み込んでいるのではないか、という妄想と眩暈に一瞬囚われた。
「コイツで遊びながら話でもしようじゃないか。」
「何て?」
口をついて出た自分の言葉に、“また質問だ。”と直ぐに気が付いて喉元が苦くなる。クレンツはそのことには、あまり気がついていないように愉快そうに返事を返した。
「つまり、アレだよ。シリンダーのひとつに弾丸を入れて無作為に回転させる。二人が交互に自分に向けて引き金を引いていく。“運の良い方と悪い方”が決まった時点でゲームはおしまい。確率は二分の一。ロシア人がこんな事をやっているのかは知らないがね。どうする?」
クレンツは撃鉄を引いては、シリンダーをカラカラと回してみせた。
「どうするって。。」
自分の声が引きつっているのがわかる。
「やるもやらないのもナガツキ、君の自由だ。ただし、このゲーム無しに俺は君と話をする気は無い。
‐‐‐‐ひょっとしたら君を撃つかもな。」
とクレンツは笑った。しかし、大柄な彼の小さな目はこちらを見たままで、その戯言を言う口元と釣り合いがとれていないように見えた。私は急に背筋が寒くなる。狂人と密室で二人きりなのだ。私は鉄製のドアに駆け寄り、急いでノブを回そうとした。しかしノブは全く動かず、扉もビクともしなかった。
「あと、ひとつだけ。俺はこの部屋から出る方法を知っている。」
背後から男の声がした。
私は椅子に戻りクレンツに詰め寄った。
「だったら、まず外に出よう。そうだろう普通は。ここがどこだか知らないが、出たいんだ。私は!ねぇ、聞いてるのかい、クレンツ!」
目の前の男は私の背後にある壁の染みを見つめている。つまり、私は無視されたのだ。なるほど。彼は“ゲーム”をしない限り私とは話をしないのだ。狂人には話しが通じないのだ。私の体中の力が抜け、椅子からずり落ちそうになって、ビクッと震えて元の姿勢に戻る。絶望と徒労が私を侵食し始めているようだ。
静止画のような時間がいくらか過ぎた後、私は彼を見据えて言った。
乾いてはいるが、芯のある声だった。
「わかった。ゲームを開始しよう。」<>
「まずルールの詳細だ。ひとりがこの拳銃に弾を入れてシリンダーを回す。もうひとりが先攻後攻を指定する。これでイカサマを回避できる。因みに私はいま拳銃を持っているが、シリンダーの回転数、つまりルーレットをの駒を数えたり調節したりなんて事できるほど器用ではない。これは言い訳でも嘘でもないよ。さぁ、どちらの役を選択する?」
クレンツは嬉しそうに説明を始めた。先程は彼が気が振れている様に見えたのだけれども、狂気のゲームが始まってしまえば、逆に彼が正常に見え始めるから不思議なものだ、と変な感心をしながら、その説明に耳を傾ける。
「じゃあ私が順番を決めるよ。」
少し迷ったが、どうしようもないので早々に返事を返す。
「OK。じゃあ俺がシリンダーを回す役だなと。」
クレンツは私によく見えるように肩の高さで拳銃にひとつ真鍮色の弾を入れてシリンダーを回してみせる。その動作が比較的ゆっくりに見えたのは、彼が手馴れていないことを示すのか、あるいは私のためにそうしているのかは分からなかった。
軽く深呼吸をした後、私は伝えた。
「君が先攻だよ。クレンツ。」<<1st shot>>
クレンツは少し肩を竦め、拳銃を右手から左手に持ち替え、自分のこめかみ辺りに銃口を当てた。
「ここで、“当たり”なら、君は話相手を失うね。」
「私が“当たり”でもそれは同じだろう。」
特に恐怖に駆られている風でもない喋り方に私は少々機嫌を悪くして返した。
「はは、それは、そうだ。 ---じゃあ。」
クレンツは目を閉じ、ゆっくりと引き金を引いた。カチャリという音と共に、シリンダーが60度回転した。見ている私の方が緊張していたかもしれない。強く拳を握っていたせいで爪の跡が掌に残っていた。彼は、机の上に拳銃を置くと、首を傾げ両掌を天井に向けて見せた。<<2ndshot>>
「使い方は、分かるよね。銃口を当てて引き金を引くだけでいいんだよ。撃鉄を起こす必要は無い。」
 クレンツは“親切に”説明してみせた。私は右手で拳銃を手に取り
「わかるよ。ところで、こんな風になるとは思ってなかった?」
彼に照準を合わせた。しかし、彼は落ち着いたままで、寧ろ可笑しそうに笑った。
「君は俺と話をしたいのでは無かったのかい?ルールは守らないといけないよ。」
いつの間にか彼の手にはひと回り小さな銀色の拳銃が握られており、端部は私に向けられている。
「俺のは確実に一回目に火を吹く。君のはどうだろうね、ナガツキ。」
 何から何まで彼の思惑どおりだ。私には選択肢があるようで何も無いのだ。無力感が私を打ちのめし、何かが可笑しくなって、少し声を出して笑ってしまった。
「ああ、わかったよ。ルールに従うよ。」
銃口を右耳の後ろ当たりに移し、息を止めて引き金を一気に引き絞る。審判は先延ばしされたようだ。急激に自身の心臓の音が大きく聞こえ出す。私は机に手をついて塞ぎ込んだ。時間を掛けてなんとか落ち着いたところで、拳銃を机に置いた。<<3rdshot>>
クレンツはあっさりと、拳銃を取り上げこめかみに銃口を当てがい、引き金を引こうとした。
「待ってくれ。私と話をしてくれるんだろう。」
私は彼を制止する。
「ああ。何か聞きたいのだね。」
「じゃあ、まず。。その。。怖くないのか?わりとあっさりと事を進めていってる様だが。」
そう言った後、もっと他に先に聞くべきことがあるだろう、と後悔したのだが、その“他”が思いつかなかった。そんなこちらの心情も知らず、クレンツは屈託無く返事を返す。
「男の子だからね。(Cause I’m a boy.)」
「boyか、ははは。」
緊張が緩む。力が抜ける。私より随分体の大きいこの男が「男の子」だと。年齢だってboyから離れて久しいだろうに。と、ここでひとつの事に気が付いた。さっきからずっと私とクレンツは英語で会話している。特に意識することもなく自然に英語を話すということは、私は英語圏の人間なのだろうか。しかしながら、根拠は無いものの自分は日本人だという感覚は確かにある。そうだ、ナガツキという名も日本人のそれだろう。髪も黒い。日本語は話せるだろうか?独り言を小さく呟いてみる。
「トーキョートッキョキョカキョク。イロハニホテト。ワタシハニホンジンデス。」
大丈夫だ。私は日本人のようだ。
「どうした?」
クレンツが怪訝そうに尋ねる。
「ダウジョウブ。なんでもないよ。」
 自分が何者かという疑問の一片でも解決したことで、幾分気分が晴れたような気がした。
「それは、良かった。」
クレンツは私の隙をつくように、拳銃を自分の額に当てては引き金を引いた。静止する暇もなかったが、幸い(?)にも不発であった。私自身が引き金を引くときと、彼が引き金を引くときの両方に緊張を強いられているのは私の方だけのようだ。やはりなにか不公平な気がした。<<4th shot>>
「さあ、どうぞ。」
彼は恭しく頭を下げて両手で拳銃を私に捧げてみせた。
私はそれを手に取り、これだけは聞いておく必要がある事を彼に尋ねた。
「ここから出る方法は?」
「生き残れば、自ずと分かるはずだよ。ここから出る方法を知るには、このゲームで生き残る必要がある。」
何かはぐらかされているのは確かだが、手にかかる重みが冷静に考えることを邪魔している。確率は2分の1。本当にそうだろうか。1週目も2週目も同じ確率なのか。ならば、なぜ1回目よりも追い詰められたような気になるんだろうか。どこかに嘘があるのではないか。既に3回引き金は引かれた。6分の3が既に終わっている。つまり残りの6分の3の始まりで、“悪い方”の2分の1の始まりなのだろうか。いや確率は平等に2分の1だ。何かおかしいのか?
 目まぐるしく思考が回転するのだが、空回りもいいところで、私のエンジンたる心臓と呼吸のみが速く動くのみだった。思い切って頭に銃口をあてがう。瞼を閉じて息を止めて心の中で自分にお別れを心の中で呟いた。(さようなら。よく知らない私。)
 しかし何も起きなかった。全身から力が抜けていく。これほどの過度のストレスに苛まれてまで、守りたい自分の生命とはいったい何なのだろうか。目の前の狂気と安定を同時に持ち合わせた男が全てを支配している。私はそのどちらからも遠くに居る。<<5th shot>>
クレンツは立ち上がり、私の手に引っ掛かったままの銃を取り上げた。
「閉じた部屋に二人の人間がいる場合、片方が狂っているか、或いは両方が狂っているか、或いは両方が正常かのどれかだ。つまり4つのパターンが考えられる。では部屋にひとりしか居なかったらどうか。  答えは、正常な人間がひとり居る。この1パターンのみだ。生き残れば狂気からは開放されるんだよ。ナガツキ。」
 私自身がまともかどうかは怪しかったが、この男がまともではないのは確かだ。つまり、部屋に二人がまともな状態で居ることは無い。壁の一点をぼんやり眺めながら、そんな事を考えた。そして、その狂人が消えてくれる事を祈った。しかし、祈りは男の短いため息に打ち消される。<<6th shot>>
1回目から5回目迄、弾丸が出なかったということは、6回目つまり私の番が“当たり”という事になる。結論が出ている。クレンツが私に向けて引き金を引いても問題のないところだが、彼はそうせずに、私に拳銃を手渡した。なぜか一瞬、彼が、空になってしまったお菓子の袋を見る子供のような残念そうな顔をしたように見えた。しかし次の瞬間には厳粛な表情に変わり、静かにこう言った。
「自分で引き金を引くのがルールなんだ。」
拳銃を側頭部に当てた私の手は震えている。なぜ死ななくてはならないんだろうか。なぜこんなゲームとも言えないゲームをさせられているんだ。なぜこんな部屋に閉じ込められているんだ。理不尽さにたいする怒りが恐怖を追い抜いた刹那、私は銃口をクレンツに向け、引き金を引き絞った。クレンツは彼の持つ銀色の拳銃に手を延ばそうとしたが、私の方が早かった。乾いた銃声が耳に届き火薬の匂いが鼻をつく。男は胸から血を噴き出しながら床に崩れ落ちた。驚いたような表情で私を見上げていたが、少し笑ったようにも見えた。そして目を閉じて息をしなくなった。
クレンツの死体が床にある。既に彼はモノでしかなく生きているのは私だけになってしまった。肩で息をしながら私はなんとしてでも部屋を出よう、ドアを椅子でぶち破ってでも外の世界に出て行こうと立ち上がった。が、しかしながら部屋には壁しかなく、さっき開けようとしたドアなんてものは存在しなかった。あるのは唯、コンクリートの壁と床、そして天井だけ。私は呆然としながらも、それがなるべくしてなった当然の結果だという気もしていた。そう。クレンツが言っていた、ここから出る方法というのは「死」しかないのではないか。即ち、このゲームの勝者は“当たり”を引いた方だったのではないか。そしてその“勝ち”を自ら無きものにしてしまったのか。私はふらふらと彼の元に近づき彼の銀色の拳銃を手に取り、躊躇いなく自分の額に向けて引き金を引いた。案の定、弾は出なかった。床に転がる勝者に幾度と無く蹴りをいれ、椅子に寄りかかり胸ポケットに一本だけ残っている煙草に、これもまた一本だけ残っているブックマッチで火を点けた。私はひどく噎せたが、火は消さなかった。そしてぼんやりと、「あぁ私は煙草を吸わないのだ。」と独り言を呟き、今更ながら新たに手に入れることのできた自分に関する情報を持て余した。煙が目に沁みて視界の先にある男の姿がぼやけていく。−これを吸い終わったら、考えることをやめてしまおう。−
換気口なんて無い部屋には煙が漂い続ける。

―おわり―